別名サフィの独り言

気ままに生きてる宇宙人の映画とか読書とか勉強とか。

手ぬぐいとキットカット

「あと、どれくらいのキットカットを食べたら僕たちは自由になれるんだろう。」

手ぬぐいとキットカットを見ると思い出す人がいる。
ワタシのかけがえのない友人の話。
その人の話をしたいと思う。

f:id:tokyosb:20161022235858j:image

  小学五年生の始業式の日。
クラス替えで浮き足立ってる教室で、席替えがあった。

 適当にくじ引いて、机を移動させた先でクラスで一番綺麗な女の子が騒いでた。

「げー!私やだよ!こいつのとなり!」

ふいと目をやると初めて同じクラスになった男の子。
泣くかなあ、と思って見てたけど彼は何にも気にしてない素振りでサッサと自分の机を動かし終わって詰め将棋を解いていた。

強がった素振りもない飄々としたその態度が気になって、次の瞬間口と体が勝手に動いて。

「ねえ、そのくじ替えっこしようよ。
ワタシこの人の隣がいいなあ。」

と切り出していた。

その瞬間、少し驚いた顔で彼が顔を上げて目と目が合う。

机を動かしてぴったり机をくっつけて。

「よろしく!」

と、やけにでかい声で言ったワタシに、詰め将棋から顔を上げることなくよろしくと小さな声で彼が返事をする。


それが、出会いだった。






簡単に言えば彼はいじめられっこだった。
流行りの菌まわしのターゲットだったし、
みんながなんか彼のことをバカにしてたし。

でも、彼は周りとは違う次元で生きてるみたいで小学生とは思えない博識な知識はいつだってワタシを魅了した。

 訳のわからないことを早口言葉みたいにこちらが相槌をうつ暇もないくらいに喋り倒す彼は話す時に右手の人差し指をピンと立てるくせがあった。

 教室は決して彼にとって呼吸のしやすい場所ではなかったけれど、彼にはその代わりにとても素敵な居場所があった。

それが、理科室。

変わり者の先生と、訳のわからない話をしている時、彼は世界で一番幸せそうな顔をしていた。

その光景がワタシは好きだった。


小学校を卒業して、中学では彼と同じクラスになることはなかったから繋がりはほとんど切れた。

唯一言葉を交わしたのは、立ちっぱなしでの合唱の練習を抜け出して、水飲み場でへたり込んでいたとき、彼が剣道部の袴姿で休憩の水飲みに来たときだった。

お互い小学校をでたっきり何にも話さなくなっていたし、なんとなく言葉が切り出し辛くて悩んだ挙句に、

「なんで、剣道部の人って手ぬぐい持ってるの?」

というトンチンカンな問いかけだった。

彼はすこし得意げに懇切丁寧に教えてくれたけど、ワタシは久しぶりに右手の人差し指をピンと立てる彼が観れただけで満足だった。

「すごいねえ、ワタシ手ぬぐいなんて使ったことないし、使うことこれから先の人生ないと思う。」

「いや、それはわからないよ。最近は自然派とかで手ぬぐいも流行ってるし」

彼の方もずれてる。


休憩が終わるから、と走って体育館に戻る彼の後ろ姿をぼんやりと見送りって、ワタシも音楽室に戻った。


中学での彼の成績はトップクラスで、誰も彼もが塾に通ってるなか、学校の勉強も先生への質問だけで、県内一二を争う進学校への合格を決めた。

 合格発表でニヤリと嬉しそうに笑う彼の手を無理矢理とって、

「もっと喜べ」

と命令したのを覚えてる。

高校二年でまた同じクラスになって、最初の日に2人で片道5キロ以上ある道をだらだら帰りながら他愛もない話をした。


他愛もない話に混ぜて、彼が腰を痛めて小学生から続けていた剣道を辞めたことを知った。

「残念だったねえ」

と、言うワタシに、

「いや、もともと健康のために運動しようと思って始めたことだし?」

と飄々と言う彼は、何処までも浮世離れしてるけどやっぱりすこし寂しそうだった。

「じゃあ、あの男子が体育に使うのを教室置いてる中で一番汚い竹刀ってキミの?」

「汚いっていうなよ。努力の証だ。」

「今度触ってもいい?」

「なんで?」

「触りたいから。」

「好きにすれば」

翌日約束通り手にした竹刀は持ち手の部分がすこし黒ずんでいて、マジックペンで書かれた彼の名前の平仮名は滲んで紫に近い色になってた。

「意外と重いねえ」

ワタシの感想に、苦笑した彼はワタシのてから竹刀を取り上げるとさっさと片付けて、今夢中の生物部の研究について果てしなく話し始めた。

わからないことだらけなので質問すると、やっぱり得意げに人差し指をピンと立てて話してくれる。

毎日近くの湖で水を汲んできて中のプランクトンを永遠と調べ続けているらしい。

「生徒理研で九州大会に行きたいねってみんな言ってるけどそんなことどうでもいいって思うんだ。
だって、実験してるだけで楽しいから。
別にどうでもいい」

「ふーん」

当時、合唱に燃えて、死んでもいいから九州大会に行きてえ!

と賞のために合唱をしているワタシにとっては彼の考え方は異質だった。

 試験前になるとワタシはよく彼に泣きついた。
理系のからきしダメなワタシは何度彼に助けられたかわからない。

放課後の生物室で、減数分裂とか精子卵子の話を永遠とした。
周りの生物部部員もわらわらやってきて部屋の中を精子卵子とか受精とか減数分裂なんかの遺伝用語が飛び交うのを面食らって見てるワタシをテキストを丸めたもので叩きながら集中しろ!と檄を飛ばしながら教えてくれる彼は生物も科学もいつも満点。

ワタシは彼のおかげで赤点回避。

答案を見せて得意げな顔をして見せると、また頭を叩かれてしまった。


高校三年の卒業がかかっている時もワタシは彼に泣きついたし、このころになると彼もワタシが泣きついてくるのを分かっていて、赤点回避用のプリントを私のために作ってくれていた。

余談だけどそのプリントはかなり人気でワタシ以外の子達も欲しがったという出来ぶりだった。

次のテストで70点を取らないと卒業出来ない!

と泣きついたワタシにこれだけ覚えろよ!ここからでるから!

と言った通りに勉強して、72点をかちとり、

「余裕だね!」

というワタシに彼は大きなため息をつきながらも得意そうに笑った。

全校生徒の前で一人でコントをする羽目になって死にそうな顔をしてるワタシに彼が言い放った言葉なんかは今でもワタシの胸に強く残ってる。


「お前は何喋っても何しても面白いんだから。
好きなこと喋ってればいいよ。」

もうそれだけ言ってくれる人がいれば舞台なんて怖くなかった。



 変な人だったと思う。
一緒に帰ってる時に自転車からワタシが転げ落ちても、転げ落ちたワタシよりもワタシの足元にあるタンポポセイヨウタンポポか日本のタンポポか気になる人だったし。
近道を見つけるのが趣味で、不法侵入まがいのこととか、近道を見つけるための遠回りをやってることもあった。
生物とか化学のうんちくは絶えなくて、近くの湖の生態系について一時間以上語られたこともあるし、
生物室の虫の標本の整理を手伝わされたこともある。


 口下手で人付き合いが下手で、国語が苦手で。

でも、絶対人をバカにしないしわからなければいくらでもわかりやすい言葉に直して教えてくれるし、どんなに辛くても心折れない強い人だった。


高校での彼は小学生の時とは違って一目置かれた愛されキャラになっていた。


彼が風邪をこじらせて入院した時は、退院した彼のお祝いにクラスの女子が彼のためにみんなでお菓子を集めてバケツにいっぱいのお菓子箱を作った。


両手にいっぱいのお菓子を抱えて、どうすればいいのかわからずにおどおど頭を下げる彼はもう小学生の時の彼ではなかった。

「こんなんされたことないから、どうすればいいかわからなくて困る。」

「でも嬉しいでしょ?」

そう言うと返事をしない。
多分嬉しくてしょうがなかったのだろう。
 



高校三年の冬になってセンター試験の会場の下見もなんとなく合流して一緒に帰った。

二人で帰る道すがら、合格祈願のキットカットをボランティアのお姉さんにもらった。

模試の帰りとか、高校の受験の激励会、部活の顧問に、中学の先生、この季節の受験生はありとあらゆる人たちからキットカットをもらう。


お姉さんのキットカットをみて、ぽつりと彼が呟いた。

「あとどれくらいのキットカットを食べれば僕たちは自由になれるんだろう?」

悲痛な受験生の叫びを吐露する彼がおかしくてワタシは笑った。

「そんなに食べたくないのならそのキットカット、ワタシがもらってあげようか?」

敢えてずれたことを言った。

「いや、そうじゃないでしょ」

と、ワタシに取られないように急いでキットカットを食べる彼がおかしくて笑った。

その日は変なテンションで昔の話をした。

「小学校から一緒だったんだよ。
もうかれこれ8年いっしょ!
初めてキミと同じクラスになったのが10歳!五年生の時だったから!」

「え、そんな長かったか?」

「長かったんですよー」



「あのときさ、」

「あのときって?」

「五年の始業式。」

「うん」

「お前が、この子の隣がいいって言ったの。

「そんなことあったっけか?」

「忘れたふりすんな」

「すまん」

「ありがとう」

「おう、」

ゆるゆるとした会話をいつまでも続けてるうちに家に着いた。


それから、ワタシは浪人して、
彼は現役で第一志望の大学の理学部に見事合格した。


おめでとう!

と言うと、右手の人差し指をピンと立てて試験問題のこと。
大学では化学分野をやりたい化学分野のなかでもなにがやりたいこれがやりたいと、をベラベラと話した。
嬉しそうな彼を眺めながら、きっとこれが最後だろうな、という確信に似た予感が頭をよぎった。


彼は変な人だからメアドもLINEも持ってない。

それを最後に連絡がつかない。
今度会ったら絶対連絡先を聞いてやるんだ、と思っても、ぱったり出くわさなくなってしまって、ついにワタシは京都まで来てしまった。


今日道端にキットカットの赤い袋が落ちていて、ふいに彼の言葉を思い出した。

数え切れないキットカットを食べた果てにワタシたちは自由になれたのだろうか。

部室に転がっている竹刀を手にとって、持ち手を見れば、そこにある名前は当たり前ながら彼の名前ではなかったけれど。


一生使うはずのなかった手ぬぐいとおまけに扇子まで持ってワタシは何をしてるんでしょうね。


今度ばったり彼に出くわしたときは、落語が好きな彼のためになにか一つやってみたい。


彼は右手の人差し指をピンと立てて、どんな批評をしてくれるだろうか?