別名サフィの独り言

気ままに生きてる宇宙人の映画とか読書とか勉強とか。

吐露

 

母親は優秀な人だ。

ある種天才の類だと思う。

少女時代は、転勤族で勉強が得意で熊本に引っ越してきてからはさっさと県内最難関の高校に入学してそのままやすやすと国立大学の薬学部に合格した。

 薬学部の成績もすこぶる良くて、大阪の大手製薬会社に学部卒の女子としてははじめての研究職として入社する。

 本人は運が良かったとか、バブルだったとかそんなことを言ってるけど絶対嘘だと思う。

 多分鍋底不景気でも彼女ならやすやすと就職を決めただろう。

 

  そんな輝かしいキャリアを新卒3年目にしてあっさり捨てて医師である父親の元へ嫁いだ。

 

そしてワタシと2人の弟の母親になった。

 

何回だって言う。

母親は天才だ。

彼女の輝かしい人生をワタシだって歩みたかった。

 

 母親はなんでもできる。

PTAの仕事のイベント企画のリーダーだって立派にやってのけたし、

近所づきあいだってやってのけるコミュ力もある。

 タスクを効率よくこなすことに関して彼女の右に出るものはいないと思う。

 

 母親は素晴らしい人間だと思う。

 

でも、その娘のワタシはどこまでも頭が悪く、愚図でのろまだった。

 

高校に入って、自分は母親ほど頭がきれないことを自覚してからは、懸命に母親の歩いた人生の軌跡を歩こうと頑張ったけど、どうあがいてもワタシは彼女のような才能も頭も、決断力も持ち合わせていなかった。

 

出来が良くない娘のワタシに母親は優しく、

お金はあるから、と私立文系を受験するために浪人することを許してくれた。

 「あなたは、国語が得意だから」

の一言で日本文学科を軒並み受験したくせに、ワタシはその受験でもパッとした結果は出せなかった。

 

どんどん母親の人生から離れて行く出来損ないの自分が辛かった。

 

大学に入ってからもワタシは母親の指示通り大学生活を送った。

一年生のうちに免許を取ったほうがいい。

そんなくだらないことから、

履修まで母親は理解して助言した。

 

母が描くワタシは熊本に帰り国語の教師になるのだと、決まっているような未来をワタシも信じた。

 

そうすればまた母親の人生の軌跡にのれると信じてた。

 

 一回生の春休み、初めて留学した時母親の手配は完璧だった。

 全ての準備が母によって整えられた軌道にのってワタシはフィリピンに行ったに過ぎない。

 

 困ったら母が助けてくれる。

ワタシの知らないことすべてを彼女は知っている。

母親はワタシの人生の安全なレールを一生懸命引いてくれる。

母親はワタシが大好きだ。

ワタシも母親が大好きだ。

 

 

ワタシは母親が大好きだ。

彼女は永遠のワタシの憧れだ。

これは死ぬまで変わらないと思う。

 

でも思うのだ。

ワタシは一生彼女を超えることができない。

ワタシが歩むのは彼女の人生の劣化版に過ぎない。

 

そんなくらい思いに気づかないふりをした。

 

隣で弟が母親と同じ薬学部に入学し、母親や父親の人生の軌道に乗って行く。

末の弟は優秀できっと母のような薬剤師か父のような医師になるだろう。

 

家族の中でワタシだけが落ちこぼれだと気がつきたくないけど気付いてた。

 

それでも困った時は母親に電話をかけた。

道に迷った時、

どの専攻に進むべきか迷った時、

待ち合わせに間に合いそうにないとき、

交通事故にあったとき

 

些細なことから深刻なことまでワタシが電話をかけるといつも電話に出て相談に乗ってくれた。答えを出す手がかりをくれた。

 

レポート期間や試験期間になると母親はワタシの時間割や締め切りを把握していて、

「あのレポートはだしたの?」

「起きなさい、今日試験でしょ?」

 

熊本、京都とこんなに離れているのに母親がワタシについて知らないことはなかった。

 

母親は優秀。 

母親は天才。

自慢のお母さん、誇りのお母さん。

 

でも、だからなに?

ワタシそれでいいのか?

 

ワタシは全部で母親に負けてる。

学校の成績、学歴、能力、コミュ力、そして専攻の日本文学さえ薬学部をでた彼女にかなわない。

 源氏物語古事記、難解な古文を彼女は娯楽のように読み楽しんでしまう。

 

 母親はワタシの興味の領域全てにおいてワタシより詳しい。

 

当たり前だ。

小さい頃母親がワタシに聞かせてくれたワタシの興味を引いた話の全ては彼女の豊富な教養の賜物だ。

 

そんなワタシが大学に入って手に入れたものが、落語と中国語だった。

 

当初、合唱部ではなく落研に入部した母親は少し難色を示したが、

持ち前の勉強好きと多趣味な気質で落語を聴きあさり、落語の出るドラマやら映画をみて、

テレビ欄に落語を見つけるとワタシに電話をかけてきて教えてくれた。

次はこのネタやれば?

このネタ面白い!

 

あっという間に彼女の落語の知識はワタシに勝って行く。

 

 趣味に付き合ってくれるのは嬉しかった。

離れていてもワタシのことを気にして落語を聞いてくれたお母さんがワタシはやっぱり最高のお母さんだと思う。

 

でもね、お母さん本当はワタシ

 

また負けた

 

ってほんの少し思ってたよ。

 

次このネタやるんだよねー、

 

とお母さんに言って

 

「すみちゃん似合うと思う」

とお母さんが言ったネタは受けた。

 

「すみちゃんには合わないかなあ」

とお母さんが言ったネタは徹底的に滑った。

 

なんとなくそれがどうしようもなく悲しかった。

 

 そんな母親が唯一なにも言えなかったのが中国語だった。

 中国語を勉強し始めた頃母親はあまり興味を示さなかったし、ワタシも続くとは思ってなかったしあまり夢中にもならなかった。

 ただ、就職に有利と聞かされてそれならばと思っただけ。

 

行ってみたら、とお母さんに言われて参加した二回生の夏休みの中国での3週間の研修でワタシは脳天を打ち抜かれてしまった。

 

 母親も父親も、

テレビで報道される反日デモダンボール肉まん、偽物ディズニーランドなどという中国のイメージしか持っていない。

 

でも、ワタシの目の前にあったのは経済成長の熱気に酔いしれる巨大な北京の摩天楼。

 

 そして、母親の知らない言語が飛び交う光景だった。

 

それからは教科書の文章を見るだけであの摩天楼が浮かぶ

音読すれば心が軽くなる。

 

きっと、母親が中国語を勉強したらのろまで凡才のワタシなんかよりもずっと効率的にあっという間の速さで習得してしまうだろう。

 

そんなことも頭をよぎったけど、

 

中国語をやってるのは現実ワタシだけで、

母親はこの素晴らしい世界に関しては無知でなにもわかってない。

 それが自分でも信じられないほどになぜか嬉しかった。

 

嫌な言い方をするならば母親に対して生まれて初めて抱いた優越感だった。

 

留学しよう。

あそこに行こう。

あの国に行けばワタシはなりたい自分を見つけられる。

 

浅はかな考えとはわかっていてもワタシはそんな思いを抑えられなかった。

 

「一年休学して中国に行きたい」

  

初めて母親に言った時相手にされなかった。

 

 HSKも受けた。

何回も落ちた。

 

頭悪いなあワタシ。

お母さんくらい頭良かったらなあ。

 

でも、やめようとは思わなかった。

これを投げたらワタシは最後のチャンスを逃してしまうと思った。

なにが最後なのかはよくわからんけど。

 

そして、ワタシが馬鹿のくせになんか一生懸命やってるのをみて、

母親はいつものように応援し始めてくれた。

 

嬉しかった。

 

中国のニュースや映画を見てくれるお母さん。

 

お母さんはワタシの世界に寄り添うためにワタシの好きになったもの、興味を示したもの歩もうとする道を一生懸命勉強する。

 

 池上彰の中国特集を一生懸命見てるお母さんもお父さんも、なんとか娘が惚れ込んでしまった得体の知れない国の正体を知ろうと頑張っていた。

 

 「留学じゃなくてインターンで行きたい」

 

と暴論をぶつけた時も反対はしたけど、

 

またしても止められないと分かったら頭のいい母親は下手に止めるのをやめてさっさと安全に行かせる方法を模索し始めた。

 

信頼のできるエージェント探し、

中国の環境問題、

理想的な渡航先、

 

何倍もワタシより理性的で的確で効率的な手腕。

 

有り難い。

有り難いけど、

 

また負ける

 

そんなことを思った。

 

だから、母親の持ってくるもの全部にケチをつけたこともあったけど、

結局は確かに彼女が持ってくるもの、考える事は全て理想的かつ最高の方法であり手段だった。

 

 慣れない中国の地図を開いて、

ワタシの渡航先から最寄りの空港を調べて、

「すみちゃんの行く枣庄から北京まで3時間かかるよ?そこから空港まで1時間。北京から福岡空港までの便は朝しかないからあなたは北京に一泊しないといけないとお母さんは思うんだけど、どうするの?」

思ってもいなかった点を突かれてしまう。

 

携帯はどうするの?

お金はどうするの?中国のクレジットカード作ったらいいんじゃない?

 

思いもよらなかったところをボコボコについてくる母親はワタシよりもずっと現実的で賢かった。

 

誰よりも心配してくれてる。

誰よりも応援してくれてる。

お母さんありがとう。

 

でも、やめてよと叫びたい自分がいる。

 

お母さんがいないとワタシは何もできない。

結局何をしてもお母さんに負ける。

 

ワタシだって本当は、お母さんみたいに…

 

やめようこんなことを考えるのは。

ワタシはお母さんにはなれない。

頭も悪い、無能。

 

でもお母さん。

ワタシは、お母さんがいないと何もできない自分を変えたいよ。

 

どんな人生をこれから歩いて行くとしても、

自分で「この人生はお母さんの劣化版」と思う人生は嫌だよ。

 

お母さんが大好きだ。

頭も良くて何でもできるお母さん。

お母さんが「すみちゃんの文章はすごいよ。才能あるよ」と言ってくれたから今も文章を書くのが好きだし得意なのかもしれない。

 

でも、手を離してくれ。

目をつぶってワタシを中国に放り込んでくれ。

 

自分の歩く人生を探したい。

想像を超えて行きたい。

お母さんにできないことでもできることでもいいからまっさらな状態で自分で選びたい。

 

 

あと二ヶ月を切った渡航前の今日に、あれやこれやと心配して口を出しレールを敷こうとする母親と喧嘩した夜にそんなことを思った。

 

おしまい。