ゾンビは君たちを狙ってる。
ゾンビに会ったことがあるだろうか。
何を気が狂ったのか?と思われそうな突然のスピリチュアルな質問だけれども。
ワタシは至って真面目である。
ゾンビはいつでもワタシたちのそばにある。
そして、それはいつでもワタシたちが持ってる財産を狙ってる。
その財産とはなんなのかといえば、若さである。
若さに執着するゾンビ化した大人の不気味さをワタシが味わったのは浪人時代のことだった。
高校が大嫌いだったワタシはとにかく自分の出身校の生徒が少ない予備校を選んだ。
親しい友達がいない予備校生活は孤独でつまらないものだったのだけれど、そんなある日物腰の柔らかい優しい男の子が声をかけてくれた。
眼鏡の奥の瞳が優しげで知的なお兄さん。
年齢は不明。
国立医学部を目指す彼の話や言葉に18歳のワタシは目を輝かせたものだった。
彼はたくさんワタシに話しかけてくれて、
アホなワタシは優しい人にはとことん懐いてしまう性分を遺憾なく発揮し彼に淡い想いまで抱くというバカの極みに至っていた。
しかし、彼とLINEのidを交換してから事態はおかしくなってくる。
毎日ありえない量のメッセージが送られてきて、鳴り止まない通知。
とてもじゃないけど勉強の邪魔だから、と彼に話そうと思った矢先、
ワタシは彼の年齢を知ることになる。
彼は28歳。
当時のワタシの10も上で、その年の差はワタシを威圧するに十分なものだった。
部活や学校生活で叩き込まれた年功序列の感覚がワタシを支配して彼のLINEを無視できないし、なんとなく逆らえない。
頻繁にある遊びの誘いを断る言い訳も使い尽くしてワタシは疲れ果てていた。
彼はずっと予備校にいて、毎年ワタシのように一人でいる女の子に声をかけてまとわりついていたらしい。
私の一つ前の年、ワタシの予備校にいた浪人生の女の子が当時の彼のカノジョだった。
彼は本気で医学部を目指していたわけでもなさそうであまり勉強に勤しんでいるようには見えない。
目が覚めて冷静になったワタシがなんとか彼から離れようと画策していた時、ワタシは2人目のゾンビに出会うことになる。
同じ大学を目指していたお兄さん(彼はゾンビではない)の友人に、温かい雰囲気の優しい男の人がいた。
一度大学を出ていた彼は医師になりたくて仕事を辞めて浪人生になったらしい。
彼は英語が得意で、当時英語に悩んでいたワタシは彼から英語を習い始めた。
成績はどんどん上がっていき、手が出なかった志望校の赤本もなんとか解けるようになっていったことを喜ぶワタシを嬉しそうに見るその人の目は優しくて心地よかった。
お兄さんとその人と三人で話して過ごす時間が幸せだった。
その人の年齢を知ったのはワタシがその人を完全に信頼しきったあとのこと。
彼の年齢は35歳。
ゾンビと化した28歳に困るワタシを助けてくれた彼はワタシにとって救世主だったし、
彼の話は面白いし、ワタシは彼の年齢を気にすることなんてなかった。
だけど、大学受験が終わったあと。
そんな世界は崩れはじめる。
進学する大学が決まって、引越しの準備をはじめるワタシに1通のLINEが届いた。
彼が、ワタシの友人を経由してワタシのLINEを知ったらしい。
友達の挨拶と、なんてない短い会話をしてその日は終わったけれど。
次の日から鳴り止まないLINEの通知。
その全てが遊びに誘うLINE。
断れば、
恩知らず、とかそんなに忙しいわけない、なんて威圧に走る彼と一人目のゾンビが重なっていく。
彼のLINE攻撃は大学生活が始まっても続いた。
履修のことに口を出してみたり、
英語の勉強をしろ、と干渉してみたり、
彼の1日を朝食から写真付きでリポートしてみたり、
とにかく絶え間ないLINEを返信しなければさらなるLINEが来るから、ワタシは困り果てていた。
彼は医学部には受からなかったから宅浪を選んでいて、
ワタシは大学一年生。
サークルや新しい友達、何もかもが真新しい環境に目をくるくるさせるワタシにとって彼も浪人時代も全て過去のものだった。
彼のLINEは煩わしくめんどくさいものへと変わっていき、彼への苛立ちは一年生の夏休みに頂点に達した。
熊本への帰省を彼に知らせてしまったワタシはまたしても彼の遊びに誘う攻撃に見舞われることになる。
だけど、彼と話すことなんてもうワタシにはなかった。
18歳のワタシはどこにもいなくて、
そこにいるのは大学生になった19のワタシ。
宅浪して、何一つ前に進んでいない彼と何もかも変わったワタシではもう何も共有できるものなどなかった。
だからこそ、性格の悪いワタシは彼に反旗を翻す。
どうしても、と共通の友人にたのまれて彼と会わなければならなくなったその日。
ワタシは現在自分がいかに幸せで楽しいキャンパスライフを送っているかを彼に語りまくった。
「君が心配なんだ、」
という免罪符でワタシに干渉し、支配しようとする彼にワタシは満面の笑みで
「ワタシ今すごく幸せなんです。
だからもう心配なんてしないでください。
受験勉強がんばって☆」
と空気を読めない攻撃を繰り広げるワタシに、彼の機嫌はどんどん悪くなった。
ワタシには彼が期待していることくらい分かっていた。
大学が辛い。
もういや、
浪人時代に帰りたい。
そんな言葉を彼が期待していることくらい分かっていたのだ。
彼はなんとかワタシの口から大学の悪口とか弱音の類の言葉を引き出そうと試みたがワタシは絶対にそれを口にすることはしなかった。
この日でワタシは彼との縁を切りたかったのだ。
そして、ワタシの狙い通りその日彼はワタシに訳のわからない激情のLINEを送りつけてきた。
ワタシはガッツポーズをきめて、これ幸いとばかりに既読無視。
彼との縁を断ち切ることに成功した訳だ。
彼のことをワタシは本気で尊敬していた。
そして、彼と過ごした浪人時代は今でも私の人生の中で最も幸福だった瞬間である。
しかし、そんな彼との終わりはかくもあっけなく汚いものだった。
一人目のゾンビも二人目のゾンビも、はじめは優しいお兄さんだったんだ。
尊敬できる知的なお兄さん。
子供っぽいワタシを許してくれて、かわいいって言って頭を撫でてくれる優しい人たち。
ワタシの心の警戒をいとも簡単にといてしまう。
だけれども、少しでもワタシが同い歳の友達に傾けば、離れていけば物凄い勢いで彼らは動き始める。
2人目のゾンビはワタシだけでなくてワタシと同年代の友人たちとも次々に関わりを持ち、完全な仲間になりきることを望んでいた。
1人目のゾンビはワタシが離れた後で私の友人に執着の矛先を変えた。
大人になりきれない彼らは、もう自分にない若さを求めて、予備校という小さな世界の中で不気味に漂いながら虎視眈々と世間知らずの18歳を狙っていた。
彼らはワタシのような18や19そこらの世間知らずの若者と一緒にいることで本来自分が身を置くべき社会や、労働からの一時的な目くらましがしたかったのだと思う。
本当の自分のことを忘れてワタシといることで18歳になりきって仲間という言葉で、18歳と同化して自分も18歳になりたかったのだ。
そんなことばかり繰り返しているのだろう。
そして、しばし18歳になりきったあとで夢が覚めたように押し寄せる現実は失業中の中年男性の自分の姿だ。
それを忘れたくて過去にすがっても、若者とは残酷な生き物で、つぎつぎと新しいものを見つけて去ってしまう。
現にワタシはあまり綺麗とは言えない方法で2人のゾンビを断ち切った。
ワタシに必死に弱音を吐かせて、ワタシの中に自分の居場所を作ろうとした彼の顔が忘れられない。
それはワタシの若さにしがみつく恐ろしい妖怪の姿だった。
そこにはかつて尊敬できた教養深い彼の姿も、英語を教えてくれて一緒に笑いあった穏やかな笑顔も見つけることはできなかった。
夢みたいな理想を語り医師になったあとのことを話し、医学部に入ったあとの大学生活について語る彼の受験勉強が進んでいないことは明らかだったし、来年も、その次の年も彼が合格できないことは目に見えていた。
ワタシは酷く冷めた目でそんな彼を見ていた。
最近、パパ活という言葉を耳にすることが多くなった。
おじさんとご飯を食べるだけで高価なプレゼントがもらえるらしいそのパパ活なるもの。
おじさんたちがプレゼントの見返りに何を求めているのかがなんとなく分かる気がする。
かつてであった2人のゾンビが優しい言葉やちょっとした教養というワタシが見慣れなかったものでワタシを引き寄せて手に入れたかったものはなんだったのか。
おじさんたちは若い女の子たちをアクセサリーのようにそばに置いて連れて歩きたいだけではない。
彼らが無意識に、そして本当に欲しいのは女の子と過ごす時に一瞬だけでも青年に戻れるその瞬間。
若さの幻影に他ならない。
ワタシたちは若さという財産をもっている。
だけど、もう少しで失っていく財産だ。
この財産を失う前に擦り切れるまでワタシは使い切りたい。
ワタシはゾンビにはなりたくないから。
ワタシはこの財産を使い切る前に失いたくはないから。
だから、ワタシは旅に出るし、無茶もするし、忙しくする。
クーラーの効いた部屋でネットをする夏は若さを失ったあとでいい。
この財産があるうちに、もっともっと遠くへ。
この若さはワタシのものだ。
若さは自分のためだけに使うものだ。
だから、搾り取られたり横取りされないように、しっかりその財産を守り抜け!